プロレス界の「10・8」ラッシャー木村「こんばんは」予告の結末は…金曜8時のプロレスコラム(スポーツ報知)

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出典元:スポーツ報知

きょう10月8日は、1994年にプロ野球史上初の最終戦同率首位対決で巨人がナゴヤ球場で中日に勝利してリーグ制覇を決めた「10・8」で有名だが、プロレス界にも10・8はある。ちょうど40年前の1981年に新日本プロレスの10周年記念興行として行われた東京・蔵前国技館での国際プロレスとの全面対抗戦だ。

 全面対決と銘打ちながらも、集まった国際勢は、ラッシャー木村(故人)、寺西勇、アニマル浜口の3人だけ。この“はぐれ国際軍団”は、それぞれアントニオ猪木、藤波辰巳(現辰爾)、剛竜馬(故人)とシングルマッチを行った。結果は浜口、藤波が勝利で1-1で迎えたメインイベントで猪木が木村に反則負けというスッキリしないものだった。

 試合としては、11月5日(蔵前)の再戦(ランバージャックデスマッチ)で猪木が完勝しこちらが名勝負に選ばれることが多い。では、なぜ「10・8」という日付が印象に残っているのか。それは「ラッシャー木村の『こんばんは』事件」が、10・8の“あおりセレモニー”での出来事だったからだ。

 9月23日の東京・田園コロシアム大会で、アントニオ猪木VSタイガー戸口のメインイベントの前に木村と浜口がリングに登場。猪木の前で全面対抗戦へのマイクアピールの場が設けられたのだ。猪木を挑発するものと思われたが、木村はマイクを握り「こんばんは」と律義にあいさつ。

 場内失笑の中、朴訥(ぼくとつ)に続けた。「あのですね、10月8日の試合は、私たちは国際プロレスの名誉にかけても、必ず勝ってみせます。またですね、その試合のために今、私たちは秩父で合宿を張って、死にものぐるいでトレーニングをやっておりますので、必ず勝ちます」

 微妙な空気を察知した浜口がマイクを奪って「10月8日は絶対、我々が勝ちますよ。来いよ、お前、待っとけよ!」とリング下にいた剛竜馬に向かって叫んだ。そして「10月8日を見てくださいよ」と連呼した。

 そして猪木にマイクを向けたが無視されたテレビ朝日の保坂正紀アナウンサーは「緊迫感が漂って参りました。いよいよ10月8日…です」と宣伝した。この“10・8あおり”によって、翌9日にテレビ朝日「ワールドプロレスリング」で録画中継された蔵前大会は、視聴率20・5%を記録した(関東地区、ビデオリサーチ調べ)。「水曜スペシャル」枠で生中継された猪木VSウィリー・ウイリアウムス(80年2月27日・蔵前)以来の大台超えだった。翌1982年の10・8は、長州力が藤波に反逆する“革命記念日”になったが、視聴率では前年の10・8には及ばなかった。(酒井 隆之)

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