【侍ジャパン】浅村栄斗、少年時代に感動した長野五輪「日の丸飛行隊」級の活躍誓う(スポーツ報知)

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東京五輪に出場する侍ジャパン」のキーマンを捉える「東京侍 語る」は、楽天・浅村栄斗内野手(30)。中軸の一角として期待される男は次世代につなぐ「V飛行」への決意を示した。思い出に残るのは1998年長野五輪で金メダルを獲得したスキージャンプ・ラージヒル団体。「日の丸飛行隊」の魅力に引き込まれた少年は、今度は野球人気増加にひと役買う大会にすると誓った。(取材・構成=田中 哲)

 浅村らしく黙々とフルメニューを消化した。シートノックでは起用が見込まれる一塁で感覚を養った。ワクチン接種の副反応で球宴を欠場したが、焦らずに準備を進めている。

 「ペースを上げすぎてけがをするのが一番やってはいけない。自分らしく調整して本番を迎えたい」

 東京五輪と結ばれた縁。主力として臨む舞台へ胸を高鳴らせ、翼を広げる。

 「五輪は想像もしていなかったし、遠い存在だった。不思議な感覚。世界一になりたい気持ちもすごくある。不安もあるけど、自分への期待もある」

 19年プレミア12で主要国際大会初出場。主に4番・鈴木誠の後ろの5、6番で勝負強さを発揮し、優勝に貢献した。五輪でも中軸の一角として期待される。

 「世界一を取れてうれしく、日本代表への思いは強くなった。いい打者が多いので、誠也の後ろでもそうじゃなくても、いい形でつなぐのが大事」

 国を背負って臨む戦い。鮮明に記憶に残るのは、小学1年時の98年長野五輪、スキージャンプ・ラージヒル団体だ。銀メダルに終わった94年リレハンメル大会から4年。最後は船木が飛び、逆転金メダルを決めた。雪が舞う白馬で歴史に名を刻んだ日の丸飛行隊。列島が笑顔と涙で包み込まれた。浅村少年もその一人だった。

 「すごく覚えている。全国民が見る大会でもあるし、スキーに興味がない自分が見ていたくらいなので、全世界の人が注目する大会だな、と改めて思う」

 23年の時を経て、今度は日本中に感動を届ける立場と自覚する。24年パリ五輪では、野球が実施競技から外れる。野球人口拡大への使命感も宿る。

 「野球が好きではない子でも、(侍ジャパンの躍動で)『やろう』って思う子がたくさん出てくると思う。世界一になって金メダルを取って、次の世代にいい影響を与えられる大会にしたい」

 ◆1998年長野五輪のスキージャンプ・ラージヒル団体 94年リレハンメル五輪では西方、岡部、葛西、原田で臨んだ。アンカーの原田が105メートルを飛べば金メダルだったが、97.5メートルに終わり、銀メダルとなった。そして98年は岡部、斎藤、原田、船木の4人。1回目終了時は4位だったが、2回目に岡部と原田が137メートルを飛ぶなど、雪辱を果たす逆転勝利で金メダルをもぎ取った。

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