フットサル界の“リアル若島津” 超攻撃型GK・クロモトのドリブル突破はインパクト絶大!(AbemaTIMES)

世界的に名の知れたサッカー漫画『キャプテン翼』で活躍するGK・若島津健は、ゴールポストを蹴って方向転換する「三角跳び」や、日本代表ではFWにコンバートされるなど、ドリブルもシュートも得意な「超攻撃型GK」として人気を集めている。

 彼のような規格外なプレーは、もちろん漫画の世界だから実現できること。しかし、日本のフットサル界には“リアル若島津”ともいえるような規格外なGK(ゴレイロ)がいる。Fリーグを戦う府中アスレティックFCの絶対的な守護神・クロモトだ。

 イタリア代表歴を持つブラジル出身のクロモトが日本に来たのは2013年。湘南ベルマーレに加入した彼のプレーは、見る者の度肝を抜いた。シュートをキャッチすると、そのまま前にボールを転がして、華麗なドリブル突破を披露したのだ。フットボールの常識を覆してしまうようなプレーは、試合結果そっちのけで、大きなインパクトを残した。

「もともと、9歳から13歳まではフィールドプレーヤーだったからね。攻撃に参加するのが好きなんだ。それも、ゴレイロの大事な仕事だと思う」

 ブラジルでフットサルを始めたクロモトは国内で実力を磨き、その後イタリアに渡ると、イタリア代表の座をつかみ取る選手に成長した。そんな彼の心にはいつも「日本でプレーしたい」という思いがあった。祖父が日本人だったこともあり、幼少期から日本の話を聞いていたのだという。過去にも数回、クラブチームの遠征で来日し、その度に日本への思いを募らせていった。そして2013年、クロモトの長年の夢が叶ったのだ。

 ただ当時はまだ、攻撃型ゴレイロの価値が深く浸透していなかった。クロモトのパフォーマンスは際立っていたものの、チームは下位から脱却できず、1年でチームを去ることになった。そして翌シーズン、ヴォスクオーレ仙台へと戦いの場を移した。

 仙台でも守護神としてゴールを守ったが、リーグに参入したばかりのチームだったこともあり、試合ではいつも相手に攻め込まれ、クロモトばかりが目立っていた。そしてまた、クロモトは1年でチームを去ることになってしまった。

 その能力に疑いはない。ただ、彼の攻撃的なスタイルを生かせるチームは、日本にはまだないのかもしれない。クロモトは日本で、脚光を浴びることはないのか……。

 そう思われていた矢先、2015シーズンにクロモトを「練習生」として拾ったのが府中だった。さかのぼること5年、2009年にクロモトは、府中への加入の道を模索していた。「中村恭平GMと話していたあの頃から、いつかこのチームで戦うことになると思っていた」。クロモトは練習生からすぐに昇格し、ここから「府中の守護神」への道を駆け上がっていったのである。

 ゴレイロの攻撃参加は、ピッチで数的優位な状況をつくれる一方で、前掛かりになるデメリットがある。世界最高峰とされるスペインリーグでもゴレイロの攻撃参加の優先順位は高くない。ゴールをがら空きにしてしまうリスクのほうが大きいからだ。でもクロモトは、ゴレイロが“5人目のフィールドプレーヤー”となるべく、イタリアでその道を追究してきた。誰よりも失点の責任を背負いながら、誰よりも「ゴールを奪い、ゴールを守る」ことに挑み続けた。その挑戦は、日本で確かにひとつの成果を見せたといえる。

 クロモトの来日から5年、Fリーグではゴレイロがボールを持って攻撃に参加するシーンが増えた。足元に自信のあるゴレイロがいれば、その戦略が有効だと認められたからだ。多くのチームが、ゴレイロを攻撃のオプションと考えて戦うようになっていた。

 それにクロモトがすごいのは、攻撃よりも守備だ。何気ないポジショニング、さりげない駆け引き、味方を鼓舞するド派手なセービング。クロモトが止める度に、味方の士気は高まる。彼は日本に来てから、何度もチームの窮地を救った。「クロモトがいたから勝てた」。監督も選手も、この5年間で彼を賞賛する数々のコメントを残してきた。

「ゴレイロは本当に大切なポジション。だからもっとその重要性を伝えていかないといけない。それに、ゴレイロがそうやってプレーしたほうがおもしろいでしょ」

 クロモトは、来日前から勉強していたという流暢な日本語でそう話す。質問の意図を汲み取って受け答えする姿はもはや日本人となんら変わりはない。

 ピッチ内ではスーパー助っ人、ピッチ外ではナイスガイ。フットサル界の“リアル若島津”は、日本最高峰のゴレイロとして、ゴール前に君臨している。

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