天才打者との個人練習 衝撃の一言「なあ早見、野球は…」「当時のオレが言いそう」高橋由伸×早見和真スペシャル対談(2)(スポーツ報知)

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出典元:スポーツ報知

巨人前監督・高橋由伸氏(45)=スポーツ報知評論家=と、山本周五郎賞作家・早見和真氏(43)のスペシャル対談第2回。2人は名門・桐蔭学園(神奈川)のOBで、由伸氏が2年先輩の間柄だ。早見氏はコロナ禍で夏の甲子園大会が中止になった昨年、18年夏の甲子園で死闘を演じた星稜(石川)と済美(愛媛)に密着取材。「甲子園のない夏」を過ごした両校の監督や3年生部員の本心に鋭く迫った「あの夏の正解」を新潮社から刊行した。一冊に込めた思いについても、トークは白熱した。(取材・構成=加藤弘士、片岡泰彦)

 由伸氏(以下、由)「今回の取材で高校生を取り上げる上では、早見の中学から高校にかけての経験にすごく共感する部分があったんだろうな、と思うよね。彼らもいろんな逆境に向かっていったわけでしょ」

 早見氏(以下、早)「高校時代の補欠の経験がなかったら、今回の取材に乗り込んでいけなかったです。僕、高校球児っていう生き物が一番本音をしゃべらない生き物だと本気で思ってるんですよ。記者が何を、どんな答えを求めてるのかというのもすごく冷静にわかっちゃったし。僕はこの子たちからどうやって本音を引き出すか、という勝負の中で、やっぱり自分の高校野球体験を語り尽くすしかないなって思ったんです。あと、由伸さんの名前を出すと信頼をちょっと勝ち取れるんですよね(笑い)」

 由「今回の本の舞台だと、星稜の林監督は我々と同世代なんだよね」

 早「そうです。由伸世代だっておっしゃってました(笑い)。ところで、高校時代の由伸さんは野球は好きだったんですか?」

 由「好きだった、と思う。でも好きなの半分、周りのため半分、というところだったかな。家族をはじめ周りが、野球をやってることを喜んでくれていると感じちゃってたから」

 早「今回の取材で、星稜からヤクルトに入った内山くん【注1】としゃべった時に、由伸さんのその感覚がすごくよみがえってきたんです」

 由「どういうこと?」

 早「言い方は悪いですけど、周りが彼にたくさんのものを背負わせていると思ったし、彼は彼で勝手にいろいろなものを背負い過ぎてるとも思いました。『中学時代から、野球が楽しいとは思わなくなった』なんて言葉も、僕は由伸さんのことを思い出しました」

 由「昨夏の甲子園交流試合に出場していたよね」

 早「そうなんです。勝敗に意味を持たない最後の試合、1―10で負けている場面で、すごく楽しそうにプレーしてたんですよね【注2】。夏の終わりのインタビューで『あの笑顔の意味は何?』と聞いたら『なんか、野球が楽しいんだと思い出した』と」

 由「いろんな期待とかプレッシャーから解き放たれたんだろうね。いろんなものを背負うと、だんだん苦しくなっていくから。彼らにとって、野球が楽しくないのはいいことじゃないんだろうけど、実際にそう思ってる子はいっぱいいると思うよ。言わないだけで。内山くんって、そういう子なんだ。今度、見に行くのが楽しみだな」

 1年春から不動のレギュラーとして活躍した由伸氏【注3】は、どんな高校生だったのだろうか。

 早「憧れた学校とかはあるんですか?」

 由「ないかな(笑い)」

 早「でも、本当に由伸さんってそういう方で。由伸さんほど、甲子園に憧れを持たずに高校に入学した人はいないと見えていました」

 由「憧れてなかったって言ったら、ちょっと言い方が悪いかもしれないけど、甲子園は自分に無縁、もっと遠いところにあるもんだと思ってたから。同世代の有力選手のことも全く知らなかったし、知ろうとも思わなかった。プロ野球選手にも本当になれるとは思ってなかったから。甲子園なんて自分が手の届くものじゃない。プロ野球なんかは、ましてやもっと上で、もっと届くものじゃないと思ってたのが中学生までかな」

 早「それって多分、謙遜で言われてない気がします」

 由「本当に言い方が嫌みになっちゃうんだけど、野球にそこまで執着もしなかったし」

 早「3年夏の神奈川大会、由伸さんが横浜スタジアムで、先頭打者ですごいホームランを打ったんです。そしたら翌日のスポーツ紙に1面で『ハマの弾ディー』って見出しが載っていて。1年生ながら『すげえ恥ずかしいな』って(笑い)。そしたら由伸さん、見向きもしなくて。3年生に茶化されているのも、すごく嫌そうにしていた。覚えていらっしゃいますか?」

 由「全く(笑い)。でも打ったのは覚えているよ。茶化されていること自体は嫌じゃなかったと思うんだけど。興味がなかったんだろうね」

 早「普通、高校3年生がスポーツ紙の1面に自分が出ていたら…」

 由「目立つのが嫌だったんだろうね」

 ここで、早見氏が天才・由伸の素顔が分かるエピソードを明かした。

 早「僕、何回か(高校時代に)由伸さんの個人練習に付き合わせてもらったことがあるんです。で、由伸さんはすぐに帰っちゃうんです」

 由「当時は練習しなくても大丈夫、元気なら大丈夫って思ってたからね(笑い)」

 早「僕が、口にこそ出さないものの、もうちょっと練習した方がいいのでは…っていうオーラを出してたんでしょうね。そこで由伸さんがおっしゃったのは『なあ、早見。野球はセンスと休養なんだ』って」

 由「言った記憶はないけど、当時のオレが言いそうなことだよね(笑い)。周りはみんな練習してるし、何となく“見せ練”的にたまにやってただけだから」

 早「でも、ジャイアンツに入ってからは『努力の鬼』だとか『練習の天才だ』みたいな話が報知の紙面から伝わってくるんです。高校時代の記憶とかけ離れていて…」

 由「野球に対する考え方が変わったんだ。大学3年でプロを意識し出した頃から主体性が出てきて、何を練習するかを自分で考え始めるようになったからね」<つづく>

 【注1】内山壮真。星稜では1年春から遊撃のレギュラーで、1年夏から3季連続で甲子園出場(3年春はコロナ禍で中止に)。2年秋から捕手に転向し、20年ドラフト3位でヤクルト入団。

 【注2】9点を追う9回1死で、内山は直球をフルスイング。快音を残した打球はもうひと伸び足りず、左飛に。それを見届けた内山は白い歯を見せながらベンチに戻った。

 【注3】ポニーリーグ「千葉ジャガーズ」で中2、中3と全国Vに貢献した由伸氏は、桐蔭学園に入学。91年、1年生で「3番・右翼」として夏の甲子園に出場。3回戦では鹿児島実にサヨナラで敗退した。2年夏にも甲子園に出場。沖縄尚学との開幕戦に臨み、8回からは救援登板したが、延長12回サヨナラ負けで敗戦投手になった。2年秋から主将。最後の夏は神奈川大会5回戦で日大藤沢に敗れた。

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