「不撓不屈」の精神でパラリンピックに挑む。~18歳車いすラガーマンの決意~(ラグビーリパブリック(ラグビーマガジン))

出典元:ラグビーリパブリック(ラグビーマガジン)

この春、ひとりの高校生車いすラガーマンが卒業を迎えた。
 車いすラグビー日本代表候補最年少、橋本勝也。
「東京パラリンピック延期」から始まった高校最後の一年。コロナ禍で橋本は何を思い、どう過ごしたのかーー。
 車いすラグビーとともに歩んだ青春の日々を振り返る。

「東京オリンピック・パラリンピック延期というニュースを見た時は、頭が真っ白になりました」
 2020年3月、日本中を駆け巡った東京2020大会1年延期の報道。
 パラリンピックを5か月後に控え「すごく調子が上がっていた」その時、車いすをこぐ手が止まった。
「高校3年生でちょうど東京パラリンピックを迎えるということで、友達に活躍している姿を見せたかったんです。その思いが途絶えてしまってすごく悔しかったです…」

 橋本は先天性の四肢欠損で、幼い頃から車いすで育った。
 中学2年生のときに車いすラグビーに出会うと、車いす同士がぶつかり合う激しいタックルに心を奪われた。そして、福島県立田村高等学校入学と同時に日本代表強化合宿に初招集。2か月後にはカナダで開催された国際大会に出場し、さらにその2か月後の2018年8月には世界選手権の日本代表メンバーに選出され、世界ランキング1位のオーストラリアを破り史上初の世界チャンピオンに輝いた。
 この世界選手権で橋本は、世界No.1プレーヤーとも称されるライリー・バット(豪)と初めてコート上でマッチアップ。体格、パワー、車いす操作…すべてにおいて「追いつくという文字も見えない」ほどの“世界”を肌で感じた。

 前回のリオパラリンピックで銅メダルを獲得した日本は、東京パラリンピックでの金メダル獲得を目標に掲げ、最後のギアをグッと上げていた。しかし、新型コロナの世界的なパンデミックにより状況は一変した。
 車いすラグビー日本代表は2020年2月の合宿を最後に7月までの5か月間、活動休止を余儀なくされ、橋本は地元・福島県でひとり、練習を続けた。一人でのトレーニングはメニューが限られ、体育館も使えず自宅にいる毎日にストレスも溜まっていった。同世代が出場するスポーツ大会が相次いで中止となり、インターハイを目指していたクラスメートを見ると、悲しく「どうしようもできない虚しさ」を感じた。

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