【さらばホースマン】プリモディーネで99年桜花賞V~西橋豊治調教師(サンケイスポーツ)

【広告】    レイコップ

コードレススティッククリーナー

使い勝手はコードレスが一番!

出典元:サンケイスポーツ

今月限りで8人のトレーナーが、定年、勇退する。そこで、ターフを去る調教師を「さらばホースマン」として紹介。初回は、プリモディーネで1999年桜花賞を制覇した栗東の西橋豊治調教師(70)を取り上げる。騎手時代はオペックホースなどに騎乗。馬と歩んだ人生を振り返った。

 ◇ 

 生まれは京都競馬場。慣れ親しんだ競馬の世界から、離れるときが迫ってきた。穏やかな表情を浮かべながら、西橋調教師がホースマン人生を振り返る。

 「いろんな人に巡り合え、支えられてやってくることができた。いい人にたくさん出会えたし、人間の輪って大事やな」

 父・敬二さんは1953年に皐月賞、日本ダービーを制したボストニアンを世話した腕利き厩務員。自然と騎手を目指すようになり、70年にデビュー。80年のダービー馬オペックホースは新馬戦から騎乗したものの、クラシックシーズンを前に郷原洋行騎手にスイッチ。89年の引退まで通算136勝、重賞と縁がなかった。

 「オペックホースは目立つ馬じゃなかったが、いいものを持っていた。ダービー馬になるとまでは思っていなかったけどね。ジョッキー時代は、体重が重くて減量に苦労したよ」

 調教助手を経て、94年に厩舎を開業。「走らなかった馬、競走馬になれなかった馬、すべて思い出」と話すが、この馬は別格だろう。厩舎で唯一のGI制覇となったプリモディーネだ。福永騎手とコンビを組み、99年の桜花賞を勝利。後方から鋭い末脚で差し切った。

 「調教師席は1コーナー寄りで、勝ったか負けたか分かりにくい。4コーナーでは『そこから届くんか?』、ゴールでユーイチが左手を挙げたときは『あいつ、なんで手を挙げてんねん?』と思った。周りの調教師に肩を叩かれて、初めて勝ったと分かった」と述懐する。

 気を抜く暇がない調教師生活。近場への小旅行すらできなかった。「これからは気兼ねなく、温泉旅行に」と勧めると「それだけはまっぴらごめん! 騎手時代の汗取りの減量苦を思い出す」と笑ってみせた。

 馬とともに駆け抜けた70年。勝負の世界に身を置き続けながら、どこか気さくなトレーナーが、もうすぐターフを去る。(片山和広)

 ★昇級戦なんの!テンセイ注目…今週の西橋厩舎で注目したいのは、日曜東京10RバレンタインS(OP)のメイショウテンセイ。前走の伊賀Sでは馬体重が前走比16キロ増だったが、メンバー最速の末脚で差し切った。「予定したレースを除外になって太め残りだったけど、それでもあの内容で勝つんやからな。昇級戦でも楽しみ」とトレーナーは前向きだ。

 ■西橋 豊治(にしはし・とよじ) 1950(昭和25)年3月18日生まれ、70歳。京都府生まれ。65年に佐藤勇厩舎の騎手候補になり、70年にデビュー。89年の引退までJRA通算1868戦136勝。94年に調教師免許を取得し、同年11月に厩舎を開業。JRA通算5311戦214勝で、うち重賞はGI1勝を含め5勝(8日現在)。

【広告】


コメントは受け付けていません。