【ヒルマニア】巨人軍VS名古屋金鯱軍の記憶…2・9プロ野球初試合から85周年(スポーツ報知)

出典元:スポーツ報知

◆1936年2月9日 金鯱10―3巨人(鳴海球場)

 プロ野球の初試合が行われた1936年2月9日から85周年を迎えた。名古屋の鳴海球場で行われた巨人軍対名古屋金鯱軍戦を、ヒルマニアで振り返る。

【画像】巨人・金鯱戦を伝える1936年2月10日の名古屋新聞

 プロ野球は1936年に7チームで発足。2月5日に創立総会が行われ、4日後の9日にプロ球団同士の初試合が行われた。巨人は2月14日の第2回米国遠征出発を前に名古屋金鯱軍と対戦。金鯱軍のスポンサーでもある名古屋新聞は「日本最初の職業野球戦」の見出しで大きく報道した。

 金鯱軍は1回、のちに名審判として野球殿堂入りする島秀之助が遊飛に倒れたが、2死満塁から安永正四郎の中前2点打で先制した。2回途中からマウンドに上がった巨人のエース・沢村栄治を攻略。安打数は巨人8、金鯱7だったが、巨人は3投手で18四死球の乱調だった。金鯱はハワイ出身の平川喜代美が6回3失点と好投し10―3で勝利。第2戦は巨人が8―3、第3戦も4―2で連勝して面目を保った。観客数は不明だが、第2戦の「鳴海アラカルト」には2000人余と書かれている。ラヂオ欄には3日間とも(名古屋地方で)中継と書かれていた。

 のちに野球殿堂入りする巨人の1番打者・田部武雄は母親の病気で広島に帰省していたが、初戦の敗戦により球団から呼び寄せられた。第3戦に間に合って二塁打を放ち、俊足を生かして貴重な追加点を挙げたという記述も。両翼98・3メートル、中堅125・0メートルという大きなスタジアムだったこともあり、本塁打は1本も出なかった。同年4月29日には、渡米中の巨人を除く6球団によってプロ野球のレギュラーシーズンが開幕した。

 鳴海球場は1927年に完成した。東海地区の中等野球の聖地として人気を集めていたが、戦後に中日球場(のちのナゴヤ球場)が完成してからは、そちらが中日などの本拠地となり58年に閉鎖。現在は名鉄自動車学校となっている。当地には07年に元のホームベースがあった場所に金のホームベースとプレートが設置されており、一塁側と三塁側にあった鳴海球場のスタンドも残っている。(ベースボール・アナリスト)

 

 ■もうひとつの初試合

 プロ野球の初試合には、1923年の日本運動協会対天勝野球団という説もある。20年、過熱してきた学生野球に一石を投じる意味で日本初の職業野球チームとなる日本運動協会が設立された。一方、奇術師・松旭斎天勝一座の経営者、野呂辰之助が23年に自ら保持していた野球チームを発展的解消し、大学野球の名手を集めて「天勝野球団」をプロ化宣言した。23年6月21日、京城(現ソウル)で両チームの対戦が実現し、天勝野球団が6―5で逃げ切った。その後2試合が行われたが、9月1日に関東大震災が起こり天勝野球団は解散。運動協会はその後、宝塚に移転したが29年に解散した。

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