【オリックス】白崎浩之が指導者挑戦 九州独立L・大分で選手兼任コーチへ…第二の人生、羽ばたく(スポーツ報知)

オパシー・アンチバクテリアルハンドジェル

細菌・ウイルス消毒用のハンドジェルです。

・高い殺菌作用を誇る「擦り込み式」

・小さなお子様でも使用が可能

・肌にやさしい潤い成分も配合

出典元:スポーツ報知

オリックスを戦力外となった白崎浩之内野手(30)は、11月に発足した九州独立リーグに参入する大分県初のプロ野球チーム「大分B―リングス」で選手兼任コーチを務める。将来の主軸を期待され、2012年のドラフト1位でDeNAに入団。日本シリーズでアーチもかけた男が、指導者としての一歩を踏み出す。

 新たな扉を開く決意をした表情は、吹っ切れていた。

 「この(戦力外通告を受けてからの)期間にいろいろと考えるなかで、やっぱり野球が好きだなという感情が沸いてきたんです。25年やってきた野球にまた携われるのは、すごくうれしいなと思えるようになってきて」

 他の独立リーグや社会人、野球以外のオファーもあった。決め手のひとつは7日のトライアウト直後、最初に連絡をくれた大分関係者の熱意。再び、グラウンドで輝く機会を与えてくれたことに感謝した。

 舞台に加え、立場も替わる。コーチ兼任を自ら打診。選手としても全力を尽くすが、指導に重きを置くつもりだ。

 「もちろん、選手としてプレーしたい気持ちもあるんですけど。ただ今から独立リーグでバリバリやって、またNPBを目指して頑張りますっていうのは違うのかなと。オリックスに来てからは年齢的な立場もあり、後輩にいろんな話を聞かれたり、アドバイスを送ったりすることもあって、徐々に(指導者に)興味が沸いていたのもあります。だから、僕の方からコーチに興味があると。どちらかといえばコーチ兼任選手。コーチの方がメインになるのかなと思っています」と目を輝かせる。

 2012年に駒大からドラフト1位でDeNA入団。ラミレス政権の16年に「1番・三塁」で開幕初スタメンを果たし、17年にはリーグ3位から進出したソフトバンクとの日本シリーズにも出場。第6戦では本塁打を放った。8年間、413試合に臨んだプロ生活で最も思い出に残るシーンに挙げるが「実は1打席目のヒットの方が、うれしかったんです。監督には前年に開幕からスタメンで使ってもらったのに打てなくて。あれだけで(恩を)返せたとは全く思ってないけど、本当にくらいついて打って…ホッとしました」。当時を懐かしみ、頬を緩めた。

 一方で、最もつらかったのは…。

 数秒の沈黙を挟み、絞り出すように言葉を返した。

 「いろいろありますよ。サヨナラエラーもしたことあるし、訳わかんないプレーをしたこともあります。でもやっぱり、一番悔しいのはクビになった時。NPBから、お前はもういらないと言われたのと同じ。それが悔しかったです」

 だから、決断には心が揺れた。当初はトライアウト参加にも正直、前向きになれなかった。

 「最初は自分にも、少なからずプライドがあったと思うんです。トライアウトも迷ってた。独立リーグで、NPBと同じモチベーションでやれるのかという不安がありました」

 背中を押したのは、意外な出会いだった。

 トライアウトで初対面した新庄氏だ。知人を介して、当日のキャッチボール相手を頼まれた。

 「年齢のことを言うのは失礼だけど、あの年齢であの体をキープされて。それに野球に再挑戦するって宣言して、最後にはタイムリーまで打って。やっぱりすごいですよ、持ってますよね。何より楽しんでるなって思えました。新庄さんからは『挑戦することだ』と。それで一度しかない人生を真剣に楽しんでやろうかなと。よし、次の人生だ! と思えました」

 “レジェンド”から譲り受けた贈り物は、適時打を放った記念バットだけじゃない。前へ進む勇気、芽生えた決意とともに受け取った。

 NPBで切磋琢磨(せっさたくま)した同僚の言葉も励みになった。今オフ、国内FA権利を行使して巨人移籍を決めたDeNA時代の先輩・梶谷だ。

 「ベイスターズ時代から仲良くさせてもらっていて。お互いの状況を伝え合うなかで『第2の人生を思い切ってやったらいいんじゃないの』っていうのは、言っていただきましたね」

 ともに大きな決断をして、健闘と飛躍を誓い合った。

 選んだ道のりが、平たんでないことは覚悟している。

 「NPBのように環境は良くないだろうし、いろんな苦労があると思います。不便に感じることも多く出てくるだろうけど、そんなことも分かち合いながら、いい球団にしていけたらいいなと思っています」

 指導役ではあるが自身も勉強を重ね、己を磨き、選手とともに成長を積み重ねていく決意だ。

 「プロ生活をいま振り返ると、もうちょっと何か変えられたのかなとも思うんです。後悔とは違うんですけど。当時は当時で必死だったけど、もっとこうしておけば良かったといま思えることが、あの時の自分は分からなかったというか。それを分かるのが、早ければ早いほどいいと思う。そういう“気づき”のきっかけになれれば。ティーチング(教える)ではなく、コーチング(導く)でありたい。自分の経験で良ければ、惜しみなく全てをささげようと思っています」

 新たな挑戦を伝えたい人がいる。9月に亡くなった母・敦子さんだ。

 「僕の中で一番大きかった存在。プロになることを一番喜び、一番応援してくれていた人。またユニホームを着られると報告できることが、一番良かったなと思います。どんな形でもユニホーム姿を見せたいから」

 今はプロ入りした8年前と同じ気持ちだ。胸を張り、次のステージに向かう。

 ◆白崎 浩之(しらさき・ひろゆき)1990年8月20日、北海道岩見沢市生まれ。30歳。埼玉栄高から駒大に進み、4年春に首位打者。12年のドラフト1位でDeNA入団。18年7月に伊藤光らとの2対2のトレードでオリックス移籍。通算成績は413試合、打率2割2分、184安打、16本塁打、52打点。184センチ、90キロ。右投右打。

【広告】

日本最大級のビデオオンデマンド

無料トライアル実施中!




コメントは受け付けていません。