【五輪トリビア】1920年アントワープ大会 戦争や感染症を乗り越え、「五輪=平和の祭典」を具現化(スポーツ報知)

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出典元:スポーツ報知

1920年アントワープ大会は、さまざまな困難を乗り越えた末、開催にこぎ着けられた。14年に開催地が確定したが、直後に第1次世界大戦が勃発。ベルギーも大きな被害を受け、大戦終了後、最初の開催地をアントワープとし、開催年の確定は一時保留された。

 さらに世界を襲ったのが、5000万人を超える死者を出したとされる「スペイン風邪」。18年から20年にかけて欧米を中心に何度も感染拡大の波が訪れた。その中でIOCは「復興と平和の大会」として、19年3月に翌年の開催を決定。ドイツの侵攻で壊滅的な被害を受けたアントワープは、終戦直後の18年冬にスペイン風邪の大流行があったが、その後は抑えられていた。

 準備期間はわずか1年だったが、8月14日の開会式は“近代五輪の父”クーベルタン男爵が考える「五輪=平和の祭典」を具現化したものとなった。14年に完成していた五輪旗がスタジアムにたなびき、フェンシングで代表となった地元のビクトル・ボワンが「騎士道精神にのっとり祖国の名誉と競技の栄光のために戦います」と選手宣誓。平和の象徴として、戦争時に通信用として使用されたハトが羽ばたくなど、現在の五輪の形が披露された。

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