中森明菜に「ビンビンきた」周囲の反対押し切って『スター』見出した中村泰士さん(中日スポーツ)

出典元:中日スポーツ

「北酒場」「喝采」とレコード大賞2度受賞の作曲家で作詞家、歌手の中村泰士さん(なかむら・たいじ=本名たいし)が今月20日午後11時50分、肝臓がんのため大阪市内の病院で死去した。81歳、奈良県出身。葬儀・告別式は大阪市内の寺院で近親者で行った。喪主は長男修士(しゅうじ)さん。24日、大阪市内で報道陣に所属事務所代表らが故人の思い出を語った。後日、大阪市内で30~50代のファンを招待してお別れの会を開催するという。

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 細川たかし(70)の「北酒場」、ちあきなおみ(73)の「喝采」をはじめ、数々のヒット曲を世に送り出し、その明るいキャラクターが愛され、公開オーディション番組やバラエティー番組にも引っ張りだこだった中村さん。

 今年9月末に体調不良を訴え、10月に肝臓に腫瘍があることが分かり、2週間入院して抗がん剤の治療を受けた。経過も良く、11月14日にはビルボード大阪でワンマンライブを行うほどに回復。転移もないことから同16日には肝臓がんであることを公表、治療を続けていた。今月5日には客船内ライブも行うほどだったという。このステージが、ファンに見せた最後の勇姿となった。

 中村さんは18歳で故内田裕也さんと佐川満男(81)のバンド「ブルージーンズ」でボーカリストとして芸能界デビュー。「美川鯛二」の芸名で歌手としてシングル数曲を出しているが、ヒットには恵まれなかった。その後、作曲家に転身するやヒットを連発。「ジェントルで、グレートで、ゴールドな曲」をコンセプトに、演歌からポップスまで、アイドルからベテラン歌手まで多彩な曲を提供した。

 音楽への献身的な愛と、底抜けに明るいキャラクター、的確で軽快なしゃべりは、テレビが放っておかない。1971年に始まった公開オーディション番組「スター誕生!」(日本テレビ系)ではスタートから審査員を務め、「ビンビンきた」と中森明菜(55)を周囲の反対を押し切って合格させたのは有名なエピソード。82年から84年までフジテレビ系「笑っていいとも!」にレギュラー出演。ほかにもクイズ番組など、多いときでは東京と大阪でレギュラー7本をこなしていた。

 その後、関西に拠点を移して活動。歌謡曲の名曲を大勢の観客が合唱するイベントの開催や、大阪・北新地を舞台にした楽曲で話題を集めた。

 これまで提供した曲は150曲以上。ちあきの「喝采」が80・7万枚、細川の「心のこり」が80・1万枚、「北酒場」は77・5万枚をセールス。記録と記憶に残る作曲家がまた一人逝(い)った。

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