舘ひろし、溢れる思い初告白「来世があれば再び渡哲也の舎弟でありたい」(サンケイスポーツ)

出典元:サンケイスポーツ

俳優、舘ひろし(70)が、所属する石原プロモーションの相談役で俳優、渡哲也さん(享年78)が8月10日に死去したことについて月命日を迎えた10日、心境を初告白した。渡さんは自身を同社入りに導いた恩人で「人生の師」と感謝。6日に石原軍団の神田正輝(69)らと墓参りしたと報告し、「来世があれば再び渡哲也の舎弟でありたい」としのんだ。同社は来年1月に事実上解散となるが、俳優業の継続を改めて約束した。

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 ライダースジャケットにジーンズ姿で本紙などの取材に対応した舘。10日は渡さんの2度目となる月命日で、恩人の面影を探すような遠いまなざしで「遺影もあり、お骨になったけど、いまだに亡くなったという感じがしない」と明かした。

 コロナ禍の影響などで臨終に立ち会えなかった舘は、「静かに送ってほしい」という故人の遺志を尊重。8月14日の密葬や9月16日の四十九日法要の参列は控えたが、最初の月命日だった同10日に自宅を弔問したと明かした。今月6日には神田正輝、徳重聡(42)、池田努(41)、増本尚(20)らと墓参り。石原軍団として初めて、そろって渡さんに手を合わせた。

 故人とは1979年に出世作「西部警察」の撮影で出会い、41年間、「俺にとっては父であり兄であり、人生の師」という偉大な背中を追い続けた。俳優人生の支えは渡さんからもらった「お前には華がある」と「うまく芝居をするな」の言葉。後者はテクニックにおぼれず「人生丸ごと演じろということだと思う」と解釈している。

 普段から渡さんを「親方」と尊敬し、プライベートではマージャンなどを楽しんだ。最後の対面は昨年3月。石原プロの業務縮小などを話し合った場だった。最後の会話は8月10日の死去から10日ほど前。電話をすると「ひろし、いつもありがとうな。お前と俺の間で遠慮はいらんとおっしゃっていた」と説明した。

 渡さんと培った関係性は「あうんの呼吸」。それでも訃報の際は「正直パニックになった」と告白した。形見は持たないが「知らないうちに(渡さんに)似てくるんだよね。たたずまいや、コーヒーカップの置き方も。形ではない、いろんなものを残してくれた…」。

 渡さんの生きざまは心身にしみこんでいる。だからこそ、「もし来世があれば、再び渡哲也の舎弟でありたい。渡さんに守られてきたと、今はひしひしと感じます」と深い喪失感を吐露した。

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