東農大先輩で先々代師匠の内田勝男さん、正代へ「双葉山ロード進め」…元時津風理事長(スポーツ報知)

出典元:スポーツ報知

◆大相撲秋場所千秋楽 〇正代(突き落とし)翔猿●(27日・両国国技館)

 関脇・正代は、時津風部屋では1963年名古屋場所の北葉山以来の優勝となった。東農大出身としても初V。大学の先輩で、部屋の先々代師匠だった元大関・豊山の内田勝男さん(83)は、不滅の69連勝など不世出の大横綱が創設した「双葉山道場」を源流とする名門の伝統を受け継いでほしいと、期待を寄せた。正代に敗れた翔猿(とびざる)は、逆転での新入幕106年ぶりVには届かなかったが、初の敢闘賞を受賞した。

 元大関・豊山で、時津風部屋の先々代師匠だった内田勝男さんは、正代の成長をずっと見守り続けてきた一人だ。東農大出身力士の初Vも、先輩として待ち望んできた。

 「正代は大学の後輩でもあり、学生の時から注目していました。当時から正攻法の相撲には力強さがありましたし、大関を目指せる器だと確信していました。立ち合いで、なかなかアゴが引けない難点がありましたが、それは子供の時からの癖。プロに入って苦労はするだろうが、それが正代の“色”になればいいし、大きくは変えなくてもいいと思っていました。とにかく、けがなく育ってほしかった」

 時津風部屋からは1963年名古屋場所の北葉山以来の優勝力士誕生となった。当時の思い出は、正代の姿とも重なる。

 「私も大関として出場していましたからね。今でも鮮明に覚えています。(北葉山と)一緒に優勝パレードのオープンカーに乗ってね。会場から宿舎までの道のりは、大勢のファンにも祝福されて最高の雰囲気でした。宿舎の玄関前で当時の師匠・時津風親方(元横綱・双葉山)が出迎えてくれた。普段から感情を表に出す親方ではありませんでしたが、『よくやったな、おめでとう』とにこやかに笑っていた」

 今回は、コロナ禍を考慮し、正代の優勝パレードはなかった。それでも、双葉山道場を源流とする名門・時津風部屋の伝統に再び注目が集まることになった。

 「私がいた時津風部屋は力士が80人。朝稽古は朝4時からで、若い衆は一番土俵に立ちたくて、稽古場で寝起きをする者もいました。2階で寝ていたら出遅れますから。6時半に師匠が来るのがお決まり。そこから昼まで、張り詰めた緊張感の中で稽古を重ねました。力士はまわしひとつで土俵に立つ。『理屈ではなく、肌で感じろ』というのが双葉山の教え。大相撲には高い精神性も求められる。正代には部屋の師匠、親方衆とともに、双葉山の教えを受け継いでもらいたい」(小沼 春彦)

 ◆時津風部屋 前人未到の69連勝の記録をつくった第35代横綱・双葉山が現役中の1941年に、師匠・立浪親方(元緑島)の許可を得て「双葉山相撲道場」を創設して立浪部屋から独立。引退後の45年に年寄・時津風を襲名して時津風部屋となった。横綱・鏡里と、大内山、北葉山、豊山の3大関を育てた。2007年には力士暴行死事件、10年には野球賭博問題もあった。現在の師匠は第16代時津風親方(元幕内・時津海)が務め、関取は関脇・正代、幕内・豊山が在籍している。

 ◆内田 勝男(うちだ・かつお)1937年8月18日、新潟県新発田市生まれ。83歳。元大関・豊山。東農大4年で学生横綱に輝き、61年に元横綱・双葉山が師匠を務める時津風部屋に入門。63年春に大関昇進。68年秋場所を最後に引退し時津風部屋を継承した。98年に日本相撲協会理事長に就任し2期4年を務めた。

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