大野将平、73キロ級連覇へ「アプローチの仕方が変わるだけ。逆に面白い」五輪延期初激白(スポーツ報知)

出典元:母校の天理大で練習した大野将平(カメラ・渡辺 了文)

柔道男子73キロ級で16年リオ五輪王者の大野将平(28)=旭化成=が26日、練習拠点の奈良・天理大でスポーツ報知の取材に応じ、2連覇が期待される東京五輪の1年程度の延期にも動じない姿勢を示した。延期決定後、心境を語るのは初めて。「やることは変わらない。アプローチの仕方が変わるだけ。逆に面白いんじゃないか」と断言した。この日は午前に約2時間の稽古後、午後は白川ダムで天理大名物の階段ダッシュに取り組んだ。

 大野が新たな挑戦に胸を躍らせた。史上初の五輪延期にも「逆に面白いんじゃないですか。(リオからの期間が)4年間から5年間になって。私だけじゃなく、全選手に当てはまることなので、アプローチの仕方が変わるだけ。やることは変わらない」と言い切った。

 延期自体は想定の範囲内だったという。1年程度の期間についても「全選手が納得する形はまずないと思う。延期しようが、それがいつだろうが正解はない。そういったコントロールできない部分にストレスを感じていてもしょうがない」と受け止めた。仮に予定通り今夏に実施され、2連覇を果たしたとしても「その後、柔道をやらないかといったらそうじゃない。先を見据えて、これも対応力」と一つの経験と考えている。

 リオ五輪後、最初の1年は天理大大学院の修士論文を優先した。見識を広げるとともに心のスタミナのペース配分も意識し、本格的に稽古を再開したのは18年1月から。東京五輪を「2度目の集大成」と位置付け「リオまでの4年間とは違った道の歩み方をしたい」と過ごしてきた。2連覇に向けた長期的なプランも軌道修正を迫られるが「4年であろうが5年であろうが、リオまでと同じことを繰り返していれば金メダルを取れるわけじゃない。リオの後で1年間(柔道から)離れたので、そういう意味でも、うまいこと帳尻が合う。いいんじゃないか」と前向きに捉えた。

 昨年の世界選手権で全6戦オール一本勝ちと圧倒的な強さで優勝し、今年2月のGSデュッセルドルフを制して代表に内定した。現在は新型コロナウイルス感染拡大の影響で出稽古や合宿も自粛となり、国際大会も当面は行われない。調整が極めて難しい状況だが、3月は当初から「蓄える時間」と決めていた。

 「冷静に考えて、今は合宿や稽古をガツガツやるような時期でもない。緩急をつけて、2月のデュッセルドルフで勝った時から、体も心も天理で休める時期に設定しようと考えていた。特に狂いはない」

 代表が再選考となる可能性もあるが、選考レースの過程でも常々「もっと高い境地で自分を追い込んでいる」と意に介さなかった。1年の延期があっても、金メダルの大本命に変わりはない。「こうなったからには覚悟一つで全然変わってくると思う。自分自身がぶれなければ問題ない。東京五輪でも柔道を通じて何かを伝えられたら」。強く、美しい柔道で世界に勇気を与える。(林 直史)

 ◆大野のリオ五輪後

 ▽17年 天理大大学院修士論文を優先するため、減量が伴う五輪金メダル階級の73キロ級には出場せず、体重無差別で争う4月の全日本選手権に3年ぶりに挑戦(初戦敗退)。12月のGS東京は試合中の負傷で途中棄権。

 ▽18年 1月から73キロ級での稽古を本格的に再開。8月のジャカルタ・アジア大会決勝で安昌林(韓国)との11分9秒の死闘を制して金メダル。「アジア大会のタイトルは持っていなかったのでうれしい」

 ▽19年 8月の世界選手権で6戦オール一本勝ちで優勝。10月の稽古中に左人さし指に全治6週間のけが。

 ▽20年 2月のGSデュセルドルフで、18年世界王者の安を下して優勝。国際大会で2年間負けなしの無敵ぶりを見せつけ、2大会連続五輪の代表に内定した。

 ◆大野 将平(おおの・しょうへい)1992年2月3日、山口県生まれ。28歳。旭化成所属。東京・弦巻中、世田谷学園高では柔道私塾「講道学舎」で鍛え天理大へ。2011年に世界ジュニア制覇。73キロ級で13、15、19年世界選手権優勝、16年リオ五輪金。右組み。得意技は大外刈り、内股。170センチ。

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