シュツット伊藤洋輝「W杯出場、欧州CL出場、ビッグクラブで活躍が目標」6月代表デビュー成り上がり左SB(スポーツ報知)

【広告】    レイコップ

コードレススティッククリーナー

使い勝手はコードレスが一番!

出典元:スポーツ報知

サッカーの欧州5大リーグがいよいよ開幕する。ドイツ1部シュツットガルトの日本代表DF伊藤洋輝(23)が、7日の開幕戦(対ライプチヒ)を前に、スポーツ報知のインタビューに応じた。6月に代表初招集されると4試合中3試合に左サイドバック(SB)でフル出場し、サイドチェンジやロングパスで存在感を示した。11月21日開幕のカタールW杯代表メンバー入りを強烈にアピールした“シンデレラボーイ”が、背中を押してくれた元日本代表MF中村俊輔(44)=横浜FC=の存在や今後の野望を語った。(取材・構成=山田 豊)

 伊藤は7月29日に、今季公式戦初戦となるドイツ杯でフル出場。現在はドイツ1部の開幕(5~7日)に向けて現地で調整している。海外挑戦は2季目。昨年6月末までJ2磐田にいた23歳は、まだまだ“成り上がり”の途中だ。

 「サッカーが好きな俊さん(磐田で同僚だった中村俊輔)とは少し違って、僕はただ上に行きたいだけ。最終的には『W杯出場』『欧州CL出場』『ビッグクラブで活躍』の3つが目標。全部達成すれば引退後に幸せな人生だったと思えるはずだから」

 野望を口にできるだけの自信を得た。6月2日のパラグアイ戦で代表デビューすると3試合でフル出場。武器であるキック精度を生かして攻撃を組み立て、確かな爪痕を残した。

 「代表活動は初めてだけど緊張しなかった。何ができるかは一発目のパラグアイ戦次第だったので相当、気持ちは入っていた。試合ではボール保持や守備に手応えがあった。(森保一)監督には『成長したな』と言われました」

 W杯メンバー(26人)入りが明確な目標となった。森保ジャパンは1次リーグでドイツ、コスタリカ、スペインと同居。厳しい組み合わせだ。

 「相手が強いのはわかっていて、初戦が一番大事。負けたら正直終わりだと思う。準備もするがピッチに立ってどう感じるかが大事だし、感じ取れる選手になりたい。(6月14日の)チュニジア戦は後半に3失点。W杯でも試合を支配されながら自分たちがどう攻めるかという場面があるはず。勉強になったし、決定的なシーンをもっと作り出さないといけない」

 わずか1年で立ち位置が激変した。昨夏にJ2磐田からドイツ1部シュツットガルトに移籍。下部のU―21チームからはい上がり、主に3バックの左として29試合1得点。活躍が評価され、日本代表にまでたどり着いた。

 「(気持ちで)変わったことは他のことをより気にしなくなった。極端に言えば練習しなくても試合で見せればいい。だからこそドイツで出始めた時や、パラグアイ戦でも勝負しないといけないところ、エネルギーを使うべきところに気がつくようになった」

 飛躍の裏には中村俊輔の言葉があった。17~18年に同僚となったが、伊藤はベンチ入りできず別メニューも多かった。俊輔もけがで全体練習に加われないことが長く、交流が生まれた。

 「出られなかった時期に一番近くにいて応援してくれた存在。俊さんから練習に誘われるようになって、(意識が高まり)1人でも練習し始めた。『自分の持ち味を出し続けろ。外国人監督はそれを評価する』と言われた。これが僕の人生において大事なポイントだった。今があるのは俊さんのお陰。永遠に感謝です」

 森保ジャパンは9月、2試合の欧州遠征(米国、エクアドル戦)がある。W杯メンバー入りへ、FC東京DF長友佑都(35)、ハダースフィールドDF中山雄太(25)との左SB争いは激化していく。

 「欧州遠征に帯同できれば、自分の立ち位置が分かるのでワクワクしている。代表でスタメンを狙うなら左SBだし、チームのためにもなれる。(3トップの左が)三笘(薫)選手か南野(拓実)選手かで自分のスタイルも変わるが、トップレベルの選手は常にいいプレーをしないといけない」

 W杯イヤーに最高に光り輝く準備はできている。

 ◆伊藤 洋輝(いとう・ひろき)1999年5月12日、浜松市生まれ。23歳。磐田の下部組織出身で、高校3年生の17年5月にトップチーム昇格。19年は名古屋に期限付き移籍し、20年に磐田へ復帰。21年夏にシュツットガルトへ期限付き移籍。J1通算3試合出場0得点、J2通算57試合出場4得点。世代別代表には継続的に選出され、19年にはU―20W杯にも出場した。186センチ、78キロ。左利き。


コメントは受け付けていません。