20年前の本「物語ウクライナの歴史」が脚光…著者の元大使・黒川祐次さん「ロシア侵攻やり得にさせてはいけない」(スポーツ報知)

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出典元:スポーツ報知

2002年に出版された中公新書「物語ウクライナの歴史 ヨーロッパ最後の大国」(946円)が刊行から20年たった今年、再び脚光を浴びている。1996~99年まで駐ウクライナ大使を務めていた著者の黒川祐次さん(78)は、ロシアによるウクライナ侵攻をどう見ているのだろうか。(瀬戸 花音)

 遊牧国家「スキタイ」の登場から1991年のソ連崩壊による新生「ウクライナ」の誕生まで、本書はウクライナの土地を巡る歴史が描かれている。まえがきの言葉は「日本においてもウクライナが『発見』されるべきだ」。20年前の本が今、多くの人に読まれている。出版社によると、2月のロシア侵攻後、12万部が重版された。

 「こんな形で日本人に知られることは不幸なことであると思います。けれども、ウクライナという国、人々がこんなに頑張っているというところも同時に知られたのは、いい面もあるのではないかと思います」

 ウクライナの歴史の中で、今改めて日本人が知るべきものはなんなのだろうか。黒川さんは、16世紀頃に自由を求め誕生した自治的な武装集団「コサック」を挙げた。ウクライナの国歌には「自由のために魂と心をささげ コサック民族であることを示す」という歌詞がある。「今ウクライナで戦っているウクライナの人々も、コサックになったつもりでやってるのではと。今の人々にとっても非常に大きな存在の模範なのだと思います」

 一方、ウクライナの自由を脅かす侵攻を行ったプーチン大統領については「彼の頭の中では非常に合理的なプロセスを進んでいる」と話す。「KGBでソ連圏を守るために諜報(ちょうほう)活動をやっていた人。ベルリンの壁も崩壊し、彼は自分の人生を懸けてやっていた仕事がひっくり返った。悔しくてたまらなかったと思う。長期的な目標として彼は強いソ連の時のように、ウクライナは当然自国の中にあって、他の国も従えて、アメリカと対等にやっていきたいという望みがあったのではないか」

 広々とし、うねりのある大地。小麦畑やひまわり畑の周りを森が囲む。ウクライナでの思い出を思い返すと、頭に浮かぶのは牧歌的な光景だ。「絶対ロシアにやり得にさせてはいけない。国際世論というのは結構、飽きっぽくて、次のことが何か起こると忘れてしまうが、これは全世界的な問題です。ロシアの動きを見て、他の国に『同じことをやったほうがいい』と思わせてはいけないんです」。今もウクライナの地で続く侵攻。「ウクライナは勝たなければならない」。黒川さんはその言葉に力を込めた。

 ◆黒川 祐次(くろかわ・ゆうじ)1944年、愛知県生まれ。78歳。東大教養学部卒業後、外務省に入省。96~99年、駐ウクライナ大使。その後、駐コートジボワール大使、駐ベナン・ブルキナファソ・ニジェール・トーゴ大使など歴任。退官後は日大国際関係学部教授などを務める。2004年ウクライナ大統領選挙の際には日本監視団団長に。

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