【ウインターカップ2021】帝京長岡の柴田勲コーチが明かす躍進の舞台裏(月刊バスケットボール)

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出典元:月刊バスケットボール

あの激戦から一夜が明けた。福岡大附大濠と帝京長岡による我慢比べの決勝戦は、59-56で大濠が28年ぶりの優勝をつかみ取った。

<PHOTO>ウインターカップ決勝 福岡大附大濠×帝京長岡

「あのシュートが入っていたら」「あの場面でパスミスをしなければ」ーーたらればはご法度だが、そんなことをついつい語りたくなるほど、ワンプレーに重みのある決勝戦だった。

 試合後、敗れた帝京長岡の選手たちは肩を落とし、キャプテンの#4田中空はあふれる涙を抑えることができなかった。それは単に試合に敗れただけでなく、3年分の思いが詰まった涙だった。#7エースの島倉欧佑も、最後のシュートを託された#14コネ・ボウゴウジィ・デット・ハマードもしばらくの間は現実を受け止めきれない様子だった。

 そんな決勝までの舞台裏を、試合後の会見およびその後の囲み取材で柴田勲コーチが明かす。約20分間にもわたって我々メディアの質問に真摯に受け答えしてくれた柴田コーチ。そんな指揮官がさまざまな質問が寄せられる中で語ったことを一部抜粋し、ここで紹介したい。

ーまずは決勝戦、そして大会の総評をお願いします。
「子どもたちは本当によく頑張ってくれたので、当たり前ですが彼らを褒めてあげたいです。あと一歩及ばなかったところは指導者の責任というか、もう少しで流れをつかめるような場面もあったかなと思います。3点差というのは小さいですけど、やっぱり大きな3点でもあります。岩下くん(大濠#13岩下准平)の勝負強さ、最後のキャプテンシーもすばらしかった。うちの選手たちもそれぞれの良さや個性を存分に発揮しながら、ディフェンシブに、アグレッシブにバスケットを展開してくれました。
 序盤は相手の高さや能力に対して、僕自身も『大丈夫だろうか』と心配しているところもありました。ですが、いざコートに立ってみると選手たちは非常に堂々としていて、身長や体格差以上のプレーをしてくれたので、それは誇らしいことです。また、指導の面でもこういうゲームをモノにできるようにしていきたいです」

ーディフェンス合戦の我慢比べに持ち込みましたが、勝敗を分けたポイントは何だったのでしょうか?
「そうですね。良いディフェンスはしていたと思うし、それがあともう少し…流れがこちらにきそうな局面などでオフェンスとうまく絡み合っていたら、また展開は違ってきたと思います。でも、相手がそれを阻んでよくディフェンスをしていたと思うし、特にうちがそういう場面でシュートを打ったときの向こうのディフェンスリバウンドなどに力強さがあったと思います。リズムをつかみかけていましたが、相手も簡単にはリズムを離さなかった。大濠の戦いぶりからはそういうものを感じました」

ー最後のポゼッションでコネ選手が3Pシュートを放ちましたが、直前のタイムアウトではどのような指示があったのでしょう?
「『コネいくよ』という思いもあったんですけど、彼はまだ2年生なのでいろいろと背負わせるのはかわいそうな部分もありました。コネがシュートを打つ前の場面(インバウンド後)で古川がファンブルしかけてしまったので、もう一度スペースを広げようという指示をしていたんです。そんなときにスポッとコネのところが空いたので。タイムアウト中にも「コネのところもあるからね」と話していて「シュートを打つ気持ちを持つように」とも言っていましたから、あそこで打って外れてしまったのは仕方がないことだと思います」

ー夏冬ともに準優勝という結果についてはいかがですか?
「インターハイの準優勝よりも、このウインターカップの準優勝の方が成長している実感が得られました。そういうところでも勝たせてあげたかったですね。練習もよく頑張っていましたし、子どもたちも最後まで足を動かそうという帝京長岡らしさが見られたというか。どこのチームも足が止まらないようにしようとか、フィジカルが強くしようとか、そういうところを目指している中でも少し彼らの良いところがあったかなと思います。でも、それは一人では体現できないことなので、最終的に彼らの関係性がそういうエナジーを生み出して、チームの雰囲気につながったと思います。特に3年生がよく引っ張ってくれました」

ー柴田コーチご自身が常にポジティブな言葉をかけ続ける姿も印象的でした。そういったマインドはどこからくるのでしょうか?
「選手が気持ちよくプレーできるように努めたいと思って指導しています。練習中なんかは逆のことを言うことも多いんですけど、やっぱりこういうところで良いプレーや良い動きができるように僕がサポートできればと思っています。持てる力を全部出してほしい、そういうことですね。その意味では今日は本当によくやってくれたと思います。(ポジティブに接する場面と、厳しく接する場面との)メリハリという面では僕もまだ勉強中で、自分のベンチワークはうるさ過ぎるんじゃないかなとも思うんですけどね(笑)」

ーコート外で、まるで“6人目のディフェンダー”かのように積極的に選手に声をかけていました。それは「選手と一緒に戦う」という意志の現れにも思いましたが、いかがでしょうか?
「そうですね。それがいいかどうかは別として、僕はそういうふうに子どもたちとやってきました。本当はもっと分析や相手チームの特徴なども伝えていかないといけないなとも思いますけどね。“6人目のディフェンダー”なんていうのはおこがましいですが(笑)、そういう気持ちでやっていました」

ー改めて、チーム史上初、そして新潟県勢初のウインターカップ決勝にたどり着けたことはどのような意味がありますか?
「新潟県の伝統は、輝かしくて歴史もあるので僕自身、帝京長岡が新潟県勢として初のウインターカップ決勝戦を戦うことを準決勝後に知ったんです。帝京長岡としても、新潟県勢としても初めてということでしたが、気負うことも気弱になることもなくやれたと思います。今大会では新潟県から3校が出場しました。これによって県内の小学生や中学生のカテゴリーがさらに盛り上がっていって、僕らもそういう子たちを預かって、その先につなげる指導ができたらと思っています」

 言葉の一つ一つに懸命に戦った選手や対戦相手、大会を作り上げたスタッフや関係者、ひいては我々メディアに対してのリスペクトすら感じる丁寧な対応だった。
 柴田コーチは「あの3点差は指導者の責任」と口にしたが、島倉は「柴田先生は自分たちが困っていたらしっかりと鼓舞してくれて、進む道を示してくれるような存在でした。先生が指揮を執ってくれると自分たちは安心しますし、選手たちにとっての心の支えでした」と語る。だからこそ彼は会見で仲間への感謝と共に「先生を胴上げしたかった」と口にしたのだ。
 選手と共に歩む柴田コーチの指導スタイルが帝京長岡の躍進の大きなカギとなったことは間違いない。この1年、チームはコロナの影響で活動がストップする期間もあり、キャプテン田中の不在期間や、島倉の負傷離脱など困難は山ほどあった。それでも泥臭く磨き上げられたディフェンスを存分に発揮し、勝ち上がりの中で強靭なメンタルを培ってきた今大会の帝京長岡。その裏にはコーチと選手の垣根を越えた強固な信頼関係があったのである。

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