浦和DF槙野智章が独占手記 妻・高梨臨からの手紙で引退を撤回「埼スタでは大ブーイングで迎えて」(スポーツ報知)

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出典元:スポーツ報知

◆第101回天皇杯 ▽決勝 浦和2―1大分(19日、国立競技場)

 浦和は大分を2―1で下して3大会ぶり、歴代最多タイの8度目(前身の三菱重工時代含む)の優勝を飾った。1―1の後半48分、契約満了のため今季で退団する元日本代表DF槙野智章(34)が劇的な決勝弾を決めた。10年間在籍した浦和でのラストゲームで有終の美を飾り、スポーツ報知に独占手記を寄せた。

【写真】披露宴時の夫婦2ショット

 やりました! レッズで最後の大会にゴールで置き土産ができました。最高です。僕の携帯電話は鳴りやまないです。全員が「持ってるな」と話はするけど、運を引き寄せる力は人よりはあるのかな。(後半38分の投入から)残り10分を槙野劇場にしたいなとふつふつと思ってた。今日のゴールと勝利は、日頃やってきたシュート練習のご褒美が待ってくれていました。

 11月5日に契約満了を通達されました。何で僕なんだ…と、めちゃくちゃ頭が真っ白でした。毎日泣いていたし、ご飯は食べていたけど、精神的につらくて体重は3・7キロ落ちました。選手といる時は楽しいけど、1人になると「あと~日だ」とカウントダウンしていました。

 実は、満了を言われた日の夜、妻(女優の高梨臨)から手紙を渡されたんです。「私が一番望むのは、あなたが楽しんでやる姿を見ること。それが私の生きがいです」。今季の終盤は試合に出られずつらそうな表情の僕を見て、言葉で言えないからと思いを書いてくれました。引退しようかなと思ってたけど、「俺はサッカーしかねぇな」と切り替えられた。フィールドは違えど、ライバルである妻の言葉で前向きになれました。(12月4日の)最終戦の前には、自分の中で進みたい道の整理がつきました。

 浦和で10年。残せたものはあると思います。勝利後に(サポーターが歌う凱歌)「We are Diamonds」を全員で歌おうと発案しました。ファン・サポーターの皆さんがタオルマフラーを頭の上に掲げて客席が真っ赤に染まる、ピッチから見る景色はたまらんのです。若い選手にも感じてほしいし、僕は違うチームに行ってもDAZNで映像を見て「レッズっていいな」と思いたいです。

 あと、練習場やスタジアムのロッカーで音楽をかけるのも僕の仕事でした。その日に頑張ってほしい選手、ケガから復帰した選手の好きな音楽をかけたり工夫してきました。僕のスピーカーは明本(考浩)に譲るので、今後は彼がモチベーター役を継承してほしいですね。

 来季以降、敵として埼スタで戦うことがあれば、ファン・サポーターの皆さんには大きなブーイングで迎えてほしいです。そういうことをしてもらえる時は気にしてもらっている証ですから。優勝を目指す上で世代交代したいと判断された。来年35歳になるけど、若い選手にはまだ負けたくないです。(9月に手術した)ポリープは数万人の埼スタで大声を出し続けた勲章。喉の調子も良くなったので、まだまだできるよと見せたいです。

 将来、監督になって浦和に帰ってきたいか? オフコース! 先日指導させてもらった育成組織の選手と一緒に埼スタのピッチに立ちたいし、街やスタジアム全体を巻き込んだ手法で指揮したい。理想の監督像は日本にはいない。新しい監督像を作っていきます。お客さんを呼べる監督になりたいですね。(浦和DF・槙野智章)

 〇…槙野は浦和での10年を振り返り「成長」と色紙に記した。2012年に加入し、「過去の自分はパフォーマンスやエンターテインメントに走るイメージを持たれていた。10年を経ていろんな考え、行動を含めて、この環境に身を置くことで成長させてもらった」と感謝を語った。

 ◆槙野 智章(まきの・ともあき)1987年5月11日、広島市出身。34歳。広島の下部組織から2006年にトップチーム昇格。10年12月にケルン(ドイツ)、12年1月に浦和移籍。16年ルヴァン杯、17年ACL、18年天皇杯で優勝に貢献。J1通算399試合45得点。日本代表では18年ロシアW杯に出場。国際Aマッチ38試合4得点。妻は女優の高梨臨。182センチ、77キロ。

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