“フットサル界のモウリーニョ”すみだ・須賀雄大監督が、名古屋にジャイアントキリングを起こす!(AbemaTIMES)

“フットサル界のモウリーニョ”。

 Fリーグ・フウガドールすみだを率いる須賀雄大監督は、このように称されることがある。世界最高の監督の1人といわれるジョゼ・モウリーニョと重なるのは、無名選手でありながら、監督として結果を出して這い上がってきたという、そのキャリアだ。

 東京の強豪校・暁星高校出身。同級生には日本代表としてフットサルW杯に出場した稲葉洸太郎(すみだ)や北原亘(元名古屋オーシャンズ)がいるが、須賀はBチームで、途中からは選手ではなくマネージャーを務めていた。

 そんな須賀が監督の道を志したのは、23歳の時だった。当時、すみだの前身となったフットサルチームが日本最高峰のリーグだった関東リーグに昇格するにあたって、選手を引退して監督に専念する。

「自分は選手では一番になれないけど、監督としてなら一番を目指せるかもしれない」

 「須賀雄大」の名前を一躍有名にしたのが2009年。フットサルの日本一決める全日本フットサル選手権で日本一になったことだ。Fリーグがスタートして2年目に行われた同大会で、ひとつ下のカテゴリーである関東リーグ所属だったフウガは、Fリーグのクラブを次々に破って決勝へと勝ち上がる。

 決勝の相手はFリーグ王者の名古屋オーシャンズ。下馬評では名古屋の圧倒的優位と見られたが、須賀監督はスカウティングで「攻守の切り替えが遅くなる時がある」という名古屋の弱点を見抜き、素早いカウンターで得点を重ねて6-4で打ち合いを制した。

 ブラジル人や日本代表選手で構成されたプロチームに、高校時代の同級生で作ったアマチュアチームが勝利して日本一になる――。まるで漫画のような出来事は“史上最高のジャイアントキリング”とも呼ばれた。

「正直言って、当時はフウガのことをちょっと舐めていた」

 こう語るのは、須賀監督とは小・中・高の同級生で、名古屋のキャプテンを務めていた北原亘だ。だが、大きな屈辱を味わったことが、名古屋の目の色を変えた。フウガとの試合に関しては常に100%を出してくるようになったのだ。

 2014年、フウガドールすみだと名称を変更してFリーグに昇格してからの2シーズン、すみだは名古屋にまったく勝てなかった。1年目と2年目は引き分けることもできず、プロの実力を見せつけられた。

 Fリーグ加入後、すみだがもっとも名古屋を追い詰めたのが、昨年9月に小田原アリーナで行われた第13節。1位・すみだ、2位・名古屋による前半戦の天王山は、お互いに点を取り合う大熱戦となった。

 名古屋に対して、すみだは高い位置からプレスをかけていく。これまで、名古屋戦では引いて守ることを選択することが多かったすみだが、あえて真っ向勝負を挑んだ。この積極采配が当たって、すみだはリードして試合を進める。

 だが、プロチーム・名古屋も黙ってはいない。ペドロ・コスタ監督はGKをあげて数的優位で攻めるパワープレーによってリズムをつくると、ジワジワとすみだを追い上げる。

 クライマックスは4-4で迎えた後半のラスト25秒。勝ち越しゴールを挙げたのは名古屋だった。5-4。このまま終わるかと誰もが思ったが、すみだは諦めなかった。GKを上げるパワープレーを仕掛けると、あと12秒というところで同点に追いついたのだ。

 あまりにも濃密な40分間はFリーグ10年間での“ベストバウト”とも呼ばれた。

 常に名勝負が生まれるすみだと名古屋による、今シーズン2度目の直接対決は10月8日、名古屋の本拠地オーシャンアリーナで行われる。前回の対戦ではヴァルチーニョ、ラファ、ルイジーニョのブラジル人トリオにゴールが生まれた名古屋が3-0で完勝。

 リベンジを果たすべく、須賀監督が秘策を持って名古屋に乗り込んでくるのは間違いない。Fリーグ9連覇を果たしたプロチームが実力を見せつけるのか、“フットサル界のモウリーニョ”率いるチームがジャイアントキリングを起こすのか。Fリーグの歴史に刻まれる新たな名勝負が生まれるかもしれない。

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