【日本ハム】ドラ3上野響平、“令和の牛若丸”になる「守備でお客さん呼べる選手に」(スポーツ報知)

出典元:仮契約を結んだ日本ハムのドラフト3位・上野(中央)は母・祐子さん、父・将司さんと記念写真

日本ハムのドラフト3位・上野響平内野手(18)=京都国際高=が“令和の牛若丸”襲名を誓った。京都市の同校で13日、契約金3500万円、年俸530万円(金額は推定)で仮契約。遊撃守備に圧倒的な自信を持つ若武者は、守備でファンを沸かせられる選手を目標に掲げた。現役時代、名遊撃手として鳴らした元阪神監督の吉田義男氏(評論家)のごとく、名ショートへ駆け上がる。

 上野は強い意志をみなぎらせた。「自分は本当に守備の選手なので。守備でお客さんを呼べる選手になることが目標です」。契約金は親孝行と野球道具に使う予定。高校時代のウィルソン社製から、プロではミズノ社製を使用するが「グラブはこだわりがあるので」。ボールをつかまずグラブに当てて握り替える「当て捕り」を得意とするだけに、商売道具への探究心も人一倍だ。

 新時代の遊撃手を目指す。超高校級の守備力で、ついた異名は“牛若丸”。球界では1960年代に活躍した吉田義男氏の愛称として知られる。2001年生まれの18歳には「よく言われるんですけど、どういう意味か最近まで分からなかった」という。だが、京都・わかさスタジアムに飾られた吉田氏の野球道具を見学したことなどで「偉大な人なんだ」と実感した。

 天性の野球小僧だ。サッカー好きだった父・将司さん(47)の意向で、幼稚園年長の時、母・祐子さん(48)が地域のサッカー教室に連れて行った。だが白黒のボールには興味を示さず。息子の未来にJリーガーを描いていた父は「コーチがボールを蹴っても、まったく蹴り返さなかったんですよね。ボールに触ることすら(笑い)」と懐かしむ。父の無念をよそに友人と始めた野球では、“八艘(はっそう)跳び”で一気にプロの世界まで駆け上がった。

 日本ハムがドラフトで指名した唯一の高卒選手。臆するところはない。目指すは新球場が開幕する23年までの定位置奪取だ。「(牛若丸と)呼ばれているのはうれしいですし。名前だけじゃなくてプレーも(吉田さんと)同じようにできるのが一番。目指したい」。半世紀の時を経て、令和の牛若丸伝説が再び始まる。(秦 雄太郎)

 ◆上野 響平(うえの・きょうへい)2001年4月26日、大阪・貝塚市生まれ。18歳。貝塚西小1年で貝塚スポーツ少年団西地区で野球を始める。中学は貝塚シニアで3年時に全国出場。京都国際高では1年春から遊撃の定位置を獲得し、3年夏は京都大会準優勝。高校通算11本塁打。右投右打。172センチ、68キロ。家族は両親と弟、妹。名前の由来は俳優の柴田恭兵から。

 ◆牛若丸 平安末期の武将・源義経の幼名。生涯の部下、弁慶との京都五条大橋での対決が有名だ。球界では華麗な守備で1950~60年代の阪神のショートを務めた吉田義男氏の愛称。京都府出身で1年目から遊撃の定位置をつかみ、盗塁王2回、最多安打1回。引退後も阪神の監督を務め、85年には日本一に導いた。92年に野球殿堂入り。背番号23は阪神の永久欠番となっている。

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