京産大出身・田中史朗、最後のW杯に「全力で命かけて戦いたい」(スポーツ報知)

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出典元:練習中、松島幸太朗(左)と談笑する田中史朗

京産大OBで日本代表歴代5位のキャップ数70を誇るSH田中史朗(34)=キヤノン=が、20日開幕のW杯日本大会のメンバーに選ばれた。11、15年大会に続いて3大会連続の選出。メンバー31人の中でバックス最年長、最多キャップ数のベテランは豊かな国際経験から、出場する試合はもちろん、出場しない試合でもチームの精神的支柱となる。日本代表初のW杯8強入りへ、グラウンド内外で期待を背負う。

 京産大時代は関西のラグビーを盛り上げ、近年は日本ラグビーをけん引してきた田中は、日本代表の壮行会が行われた7日、3度目のW杯に向けて熱い決意を表明した。

 「自分の人生の中で最後のW杯。日本のために全力で命をかけて戦いたい」

 SHとはいえ166センチの小柄な肉体で、13年に南半球強豪チームが集うスーパーラグビーに日本人で初めて出場。15年W杯は南アフリカ戦に先発し、歴史的な金星に貢献した。「11年W杯は一選手。15年は選手とコーチ陣の潤滑油。今は引っ張る選手が複数おり、自分は気付いたことを意見する」。代表での立ち位置も自覚し、集大成の戦いに臨む。

 同じSHの茂野海人(28)=トヨタ自動車=、流大(ながれ・ゆたか、27)=サントリー=の台頭で「枠が2人なら厳しいかな」と落選も覚悟した。北海道・網走合宿中の8月27日、ラストミーティングでW杯メンバーが内々に発表された際、SHは「茂野、流…」と読み上げられた後、沈黙があったという。「終わったな」と一瞬覚悟したが、約3秒後「(田中)フミ!」と名前を呼ばれると涙腺が緩んだ。「その後ずっと泣いていた」。田中のここまでの苦労を知ってか、メンバーを読み上げた総務担当者もまた涙した。

 ジェイミー・ジョセフヘッドコーチ(49)は田中の選出について「経験値が高い。プレー中はゲームを読む力があり、グラウンド外でもしっかりサポートできる」と説明した。開幕直前の今、田中は最も大事なことについて「まとまること」と断言する。「今から(体の)強さを上げるのは厳しい。それよりもやりたいラグビーを皆が100%理解し、チームとして動くことが大事。小さくても戦えるところを見てほしい」。世界と戦ってきた小柄なベテランは、最後と決めたW杯でも大きな役割を担う。(田村 龍一)

 ◆落選した選手の分も

 W杯代表に選出されて涙を流した田中は、落選した仲間への思いも強い。京産大で1学年下の15年W杯日本代表プロップ山下裕史(33)=神戸製鋼=は最終選考の網走合宿まで残ったが選出されず、合宿メンバーが解散した羽田空港でW杯選出メンバーらと抱擁し、思いを託した。「同じしんどい練習をしてきた。僕は選ばれたからこそ、日本のために命をかける機会を得た。選ばれなかった選手たちのためにも体を張る」と田中。日本代表が掲げる「ワンチーム」とは、決してW杯のピッチに立つ15人だけではない。

 ◆関西出身7人

 W杯代表には関西出身の選手が多数選出されている。大阪は茂野のほか堀江翔太(パナソニック)、山中亮平(神戸製鋼)。京都は田中のほか坂手淳史、松田力也(ともにパナソニック)、北出卓也(サントリー)。徳永祥尭(東芝)は静岡生まれ、木津悠輔(トヨタ自動車)は大分生まれだが、徳永は関西学院高校・大学(兵庫)出身で、木津は天理大(奈良)の出身だ。大阪・岬町出身の茂野は「母校(岬中)はラグビー部が休部。日本が勝ち進めば地元のラグビー熱も再燃するのでは」と意気込む。

 所属別では神戸製鋼から4人、NTTドコモから1人、近鉄から日本代表最年長38歳のトンプソン・ルークが1人選出されている。

 ◆田中 史朗(たなか・ふみあき) 1985年1月3日、京都市生まれ。34歳。伏見工(現京都工学院)、京産大を経て2007年に三洋電機(現パナソニック)入り。08年、日本代表に初選出される。13年、ハイランダーズ(ニュージーランド)で世界最高峰リーグのスーパーラグビーに日本人で初めて出場。14年、世界トップ選手で構成される「バーバリアンズ」に、日本人では林敏之、元木由記雄に次いで選出された。19年、キヤノン移籍。166センチ、72キロ。家族は妻と1男1女。

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