小出義雄氏が死去 数日前に家族へ「死んでも泣くんじゃないよ。笑って見送ってくれ」(スポーツ報知)

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出典元:00年、シドニー五輪で金メダルを獲得した高橋尚子(右)に、ひげをそり落とした頬をなでられとびきりの笑顔を見せる小出義雄さん

女子マラソンで1992年バルセロナ五輪銀、96年アトランタ五輪銅メダルの有森裕子さん(52)、2000年シドニー五輪金メダルの高橋尚子さん(46)らを育てた佐倉アスリート倶楽部(AC)の小出義雄代表が24日、肺炎のため千葉県内の病院で死去した。80歳だった。近年は体調が優れず、ペースメーカーを装着しての生活が続いていた。入退院を繰り返し、今年3月末をもって指導者を勇退。今月からは集中治療室で治療を受けていた。

 小出氏は、24日午前8時5分に息を引き取った。亡くなる数日前には、最期を悟ったかのように「死んでも泣くんじゃないよ。演歌でも流して、酒飲んで、笑って見送ってくれ」と家族に告げた。どこまでも気遣いの人だった。長女・由子(よしこ)さんは「たくさんの人に支えられて、大好きなかけっこのために尽くした。最後までとても幸せそうでした」と気丈に話した。

 複数の関係者によると、近年は体調を崩しがちで入退院を繰り返していた。2015年に心臓を手術し、2~3年前からはペースメーカーを装着。今年3月には名古屋ウィメンズマラソンの会場に姿を現したが、同月26日に自宅で倒れて入院。直後から「あと2、3日だなあ。誕生日(4月15日)も迎えられないよ」と弱音を吐く場面もあったという。治療を受けながら「世話になったねえ。今、入院しているから」と教え子らに電話することもあった。次々と見舞いに訪れるまな弟子たちの前では活気あふれる姿を見せていたが、4月に入ると状態が悪化。集中治療室へと移った。三女・暁子さんは「『やりたいことをやりきった人生だった』と言っていました。本当に悔いはないと思います」と明かした。

 指導に携わっていた実業団・ユニバーサルエンターテインメントとの契約満了もあって、3月末に54年間の指導者人生から身を引いていた。1965年からの23年間は教員として高校生を育成し、その後は実業団の女子ランナーを指導。バルセロナ五輪銀、アトランタ五輪銅の有森裕子、97年アテネ世界陸上金の鈴木博美、シドニー五輪金の「Qちゃん」こと高橋尚子らを世界の頂点に導いた。常識にとらわれない経験と眼力。選手を褒め続ける明るさ。そこにいるだけで、どんなランナーでも「もっと頑張ろう!」と思えてしまうようなオーラをまとった、オンリーワンの指導者だった。

 勇退後は体調面を最優先にしながら、佐倉を拠点に活動を続けるユニバーサル―へのアドバイスなど関わりを持ちたいという意向を持っていた。80歳の誕生日を迎え、あと1週間で新元号「令和」が始まる。平成の陸上界に多くの功績を残した名伯楽が、静かに旅立った。

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