元横浜外野手の下窪陽介さん 実家の「下窪勲製茶」営業担当として日本茶の良さを伝える日々(東スポWeb)

出典元:現在は下窪勲製茶の営業担当として全国を飛び回っている下窪さん

【異業種で輝く元プロ野球選手】「最初はこの仕事に葛藤がありました。でも、作っている人みんなが頑張っているのを目の前で見ているので“良さ”を一般の人に伝えたい。その思いでやってきました」

 東京都内のカフェで開口一番、こう話し始めたのが、元横浜(現DeNA)の外野手・下窪陽介さん(39)。現在、鹿児島県南九州市の実家が営む「下窪勲製茶」の営業担当として全国を飛び回っている。

「主にデパートなどで自社製造のお茶を店頭販売しています。1か月の約半分は催事場や物産展での接客販売。残りは地元・鹿児島に戻って茶摘みの手伝いとかです。休日? ほぼないですね」

 日大、日本通運を経て2006年にプロ入り。1年目から72試合に出場し、将来を期待された。だが、思うような成績を残せず低迷。10年に戦力外通告を受けた後は、知人の紹介でサラリーマン生活を送っていた。

 祖父・勲さんの代から続く製茶業に従事したのは15年1月。家族からの誘いだった。「2代目として稼業を継いでいた父(和之さん)と兄(健一郎さん)から『一緒にやらないか』と。サラリーマン時代から地元に帰る際には年に4回ある茶摘みや工場の掃除等は手伝っていたので。仕事は主にお茶の良さを伝える営業でしたが、やってみようと思いました」

 同年2月、健一郎さんと全国行脚を始めたが、すぐに営業職の「壁」にぶつかった。現役時代から体力には自信があったものの、なにせ接客業は初めて。催事場を訪れる大勢の一般客を前に「売り子」として呼び込み販売をするのは度胸と勇気がいる。兄を見習い声を出そうとしても、恥ずかしさが先行。思うように声が出せなかった。

 さらに追い打ちをかけたのが、熟練した職人ですら難しいお茶の「入れ方」だった。

 下窪さんの手がける茶葉は銘茶ばかりだが、入れ方によって味は異なる。「ウチが扱っている『やぶきた』という品種は17年に農林水産大臣賞を受賞したのですが、茶葉の量や湯温、出し時間などで味が変わってくる。このさじ加減が最初は分からなくて。せっかくいい茶葉を販売しても僕の入れ方のせいでお客様に『おいしくない』と言われることもあった。つらかったですね」

 それでも、家族が精魂込めて作る茶葉。少しでも多くの人に味わってもらいたい。下窪さんは父や兄からの助言をもとに様々な茶を研究。書籍やネット情報もフル活用しながら貪欲に学んだ。その結果、今では各茶葉の良さを最大限に引き出すお茶の入れ方を習得。全国各地の催事場でお茶好きをうならせ、自社茶の売り上げに貢献している。

「自分の薦めで試しに買ってくれたお客さんが『おいしかったよ』と再び買いに来てくれる時なんかは本当にうれしい。やりがいも感じますしね」

 今後は外国人や若年層に日本茶の良さを広め「将来的には自分の店を持ちたい」と話す下窪さん。

“茶界”の裾野拡大を図りながら自らの夢に突き進む。

 ☆しもくぼ・ようすけ 1979年、鹿児島県生まれ。鹿児島実ではエースとして出場した96年春のセンバツで春夏通じて鹿児島県勢初の全国制覇を達成。日大3年時に野手に転向し、日本通運を経て2006年大学生・社会人ドラフト5巡目で横浜入団。1年目から一軍で活躍も10年に戦力外通告。引退後はサラリーマン、野球教室コーチなどを経験。15年1月から祖父が創業した「下窪勲製茶」に勤務し、営業担当として奮闘中。プロ通算成績は96試合で打率2割3分8厘。10打点。175センチ、右投げ右打ち。

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